東京ふうが50号(平成29年夏季号)

曾良を尋ねて

乾佐知子

95 ─ 立石寺・最上川より出羽三山へ ─

 尾花沢を発った二人は、清風らの勧めにより立石寺を訪ねる岩に巌を重ねて山とし、松柏年旧 り、土石老いて岩滑らかに、岩上の院々を閉ぢて物の音聞こえず。岸を巡り、岩を這ひて、仏閣を拝し、佳景寂寞として、心澄みゆくのみおぼゆ。

 閑かさや岩にしみ入る蟬の声

 立石寺は通称「山寺」といい全体をしめる境内は百万坪ほどで、山門から奥の院までの急傾斜の石段が続いている。その景観は一幅の山水画をみるようで山形の名所となっている。

 私がこの寺を訪れたのは50歳代の頃だったが、かなりきつかった思い出がある。しかし足に自身のなくなった今思えば、あの時登っておいて良かったと、つくづく思う。

「閑かさや」の句は本文の中でも特に名で、中国の漢詩の表現法をふまえた文章と、静寂な山全体の景をよく捉えた一句として今では世界的にも名句として知られている。

最上川は陸奥より出でて、山形を水上とす。(中略)白糸の滝は青葉の隙々に落ちて、仙人堂、岸に臨みて立つ。水みなぎつて舟危し。

 五月雨を集めて早し最上川

 この句は立石寺より大石田の髙野一栄邸に泊った日に連句の発句として詠まれた句である。一栄邸が川風を受けて涼しかったのであろうか、初めは「集めて涼し」とこの涼しい俳席に対する御礼、つまり挨拶をこめた発句だった。しかしこの句を「細道」の本文に入れるにあたり「水みなぎって舟危し」の実感に添って急流のイメージ「早し」と中七をあらためた、といわれている。

 6月3日羽黒山に登る。羽黒山は月山、湯殿山と共に三山を総称して出羽三山という。4日には宿坊で俳句興行し、翌5日に権現に詣で、8日にいよいよ月山に登る。

木綿しめ身に引きかけ、宝冠に頭を包み、強力といふものに導かれて、雲霧山気の中に氷雪を踏みて登ること八里、さらに日月行道の雲関に入るかと怪しまれ、息絶え身凍こごえて、頂上に至れば日没して月顕あらはる。(後略)

 涼しさやほの三日月の羽黒山

 雲の峰いくつ崩れて月の山

 語られぬ湯殿にぬらす袂かな

 湯殿山銭踏む道の涙かな 曾良

 「春耕」にとって羽黒山(出羽三山)は畏敬の霊山として長年崇めて来た山であり、盤水先生の篤い信仰のもと我々会員達も、有難いことに幾度となく登らせて頂いた。

 宿坊である三光院には「河骨」の句碑が、そして湯殿山には「残雪」の句碑が立つ。平成9年に百80余名の会員による湯殿山の句碑開きは壮大で印象深いものであった。


(つづきは本誌をご覧ください。)