東京ふうが56号(平成31年冬季・新年号)

コラム はいかい漫遊漫歩 『春耕』より

松谷富彦

(92)  つけし人ら今亡し梅雨のティアラ展 眉村卓

 SF人気作家、眉村卓が、がん闘病中だった愛妻に聞かせるために毎日一話ずつ約五年に渡って書き続け たショートショート『妻に捧げた1778話』(新潮 新書初版 04 年刊)が、書店で平積みの〝第二次ブー ム〟になっている。きっかけはテレビ朝日の番組「アメトーク」でタレントのカズレーザーが「十五年ぶりに泣かされた本」と絶賛紹介したのが〝炎上〟、 18 年4月現在で 18 刷を数える騒ぎに。表紙裏の惹句を引く。
〈余命は一年、そう宣告された妻のために、小説家である夫は、とても不可能と思われる約束をする。しかし、夫はその言葉通り、毎日一篇のお話を書き続けた。五年間頑張った(高校時代の同学年生だった)妻が亡くなった日、最後の原稿の最後の行に夫は書いた │「また一緒に暮らしましょう」〉と。

新書は1778篇から19篇を選び、妻の闘病生活を含む40余年にわたる結婚生活を振り返るエッセイを加えた〈風変わりな愛妻物語〉仕立て。

さて、本話の本題は、眉村が愛妻、悦子を亡くしてから7年後、俳人、齋藤慎爾の勧めで彼が社主を務める深夜叢書社から刊行した掲題句を含める259句収載の初句集『霧を行く』。眉村は高校生のころから俳句を始め、サラリーマン生活の後、作家になってから毎日新聞の記者だった俳人、赤尾兜子の知遇を得て、赤尾が主宰の「渦」に投句をするなど断続的に作句を続けていた。妻の没後、詠み溜めた句を自費出版するつもりで纏めているのを知った斎藤が商業出版を引き受け、同社刊行物として出版された。眉村の前衛的俳句に惚れ込んでの刊行で、斎藤が自ら句集の帯文に次のように記している。
〈日本SF史上に不滅の金字塔を樹立した泉鏡花文学賞作家は、高校時代から半世紀に亘り俳句界を疾走してきた前衛俳人でもある。生と死をめぐる象徴的、神秘的、幻想的、夢幻的、そして根源的な情念の表白の結晶、ここに成る。〉

そして次の句を抜粋、紹介している。
〈木犀の香の闇ふかし別れ来て〉〈灯の中に鬼灯夢も暗からむ〉〈亡妻佇つ桜もつとも濃きところ〉〈冬麗や切絵のごとき姫路城〉

短歌や俳句に造詣の深い京都大学大学院教授(2017年定年退官)で言語学者の東郷雄二は、自身のウ エブサイトで眉村の句集『霧を行く』を取り上げ、〈私が眉村の句を読んで強く感じるのは濃密な物語性である。あとがきで眉村は、SFの本質はセンス・オ ブ・ワンダーであるとの説に触れ、「SF的感覚を援用して言えば、私の俳句とは、時空の集約が感じられるものでありたい」と述べている。俳句の王道は二物衝撃だが、二物の出会いによる衝撃に止まらず、宇宙をクルミの大きさに閉じこめるように、時空が圧縮されたような感覚をめざすということだろう。その圧縮 された時空間に物語が匂い立つのは、ショート・ショ ートという得意ジャンルを持つSF作家の故にちがい ない。〉と書き、次の五句を挙げる。
〈氷菓出て転職依頼ためらひつ〉〈獄塔出て異郷の蜂がつきまとふ〉〈風花や女がくだる螺旋階〉〈ぶらんこがどこかで軋み濠の昼〉〈終着駅近しまだ在る冬の虹〉

最後に妻を亡くした直後の眉村の詠句〈過去追ひて眼鏡に障子歪みをり〉(文中敬称略)

(つづきは本誌をご覧ください。)