東京ふうが59号(令和元年秋季号)

コラム はいかい漫遊漫歩 『春耕』より

松谷富彦

106 話題の句集『アウトロー俳句』を知ってますか

いきなり引く。

〈 2011年の新宿コマ劇場解体を契機に本格化した再開発により、街には健全な空気が漂うようになった。それでも奥へ進めば風俗店、キャバクラ、ホストクラブ、ラブホテルなどがひしめき合い、猥雑な雰囲気は相変わらずだ。
…そんな歌舞伎町のど真ん中。薄暗い路地の奥に「砂の城」というアートサロンがある。体重を乗せるたびに悲鳴をあげる古びた階段を三階まで上がると、八畳ほどのスペースがある。ここで僕らは新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」を名乗り、句会を行っている。
…集まる面々は、ニート、女装家、元ホスト、バーテンダー、ミュージシャン、医者、彫刻家など、市井の句会ではまず見かけない者たちばかりだ。〉

こんな前書の句集『アウトロー俳句 ― 新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」― 』(北大路翼編 河出書房新社)が、NHK「ハートネットTV」で取り上げられるなど大きな話題になったのをご存知?

全百八句。こんな句が編者、北大路翼の短い句解付きで並ぶ。

駐車場雪に土下座の跡残る 咲良あぽろ
(土下座した頭を踏まれたのだろう。ホスト同士の小競り合いでよく見かける。)
春一番次は裁判所で会はう 喪字男
(元嫁とは会いたくないが、子供には会いたい。親権はどちらのものになるのか。)
春の風邪キスしてもうつらない 布羽渡
(こんなことを言われたらドキドキしちゃう。美人バーテンダーのおねだり。)
太陽にぶん殴られてあつたけえ 北大路翼
(朝まで呑んで店の外に出ると本当に殴られた気がする。)
カーネーション父が誰だか分からない ゆなな子
(母親だって怪しいものだ。その血を引いてか、やたらと惚れっぽい。)
呼吸器と同じコンセントに聖樹 菊池洋勝
(おいおい、お前らは俺の命よりクリスマスが大事なのかよ。病室に流れるクリスマスソングが虚しい。)
註:作句者は筋ジストロフィー患者。病床から屍派へ作品を送り続けている。
避妊具は出来損なひの熱帯魚 西生ゆかり
(なんでこんな男に抱かれてしまったのだろうか。後悔はしてないけど。)
山盛りの麦飯嬉し立ち作業 KAZU
(最近作者を見かけないが、またそちらの世界でお勤めでしょうか。)

次話で編者の「屍派」家元、北大路翼について書く。(文中敬称略)


(つづきは本誌をご覧ください。)