東京ふうが63号(令和2年秋季号)

秋季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


蟇目良雨

秋風やともに古りたる風見鶏
雁渡し南部訛の母恋し
床臥しの妻の寝息や桐一葉


乾 佐知子

浴衣着てアラン・ドロンに会ひに行こ
新涼や耳ここち良き国ことば
石榴の実鰐口湿る鬼子母神


深川 知子

歴史書に夫の書き込み火の恋し
千の手の一つひとつに月明り
よじれ落つ水の飛沫も白露かな


松谷 富彦

寅さんに明日を問はる赤とんぼ
団栗のぽとりと落ちて池静か
古民家に居場所を得たる竈馬


小田絵津子

裏山に蜩の鳴く美容院
火の恋し旧本陣の長廊下
新蕎麦や拭き磨かれし箱階段


堀越 純

老犬のすり寄る夕べ火恋し
襖絵の龍の威嚇や昼の虫
置き薬少なくなりぬ後の月


古郡 瑛子

覚めぬまま逝きし父の忌草の花
叩きみて気のすむ音の西瓜買ふ
ガス燈の淡き馬車道夕紅葉


本郷 民男

鹿垣の門より神の庭に入る
霊山の石の仏に草の花
仙境の村いつぱいの柿紅葉


河村 綾子

野葡萄や色競ひつつハーモニー
山よりの風の匂ひや今朝の冬
夫を待つ智恵子の紙絵小春かな


荒木 静雄

リフォームの終の棲家や窓の秋
八十路越え辿る細道水澄めり
残菊や座して余生を持て余す


髙草 久枝

鯉跳ねる水音よろし萩の寺
秋風や稚魚の遺愛の黒湯呑
露座仏の腹は大きく萩の径


野村 雅子

蜩や業平塚のぽつねんと
水澄むやころころ笑ふ乙女たち
渾身の蘂張りにけり曼殊沙華


島村 若子

父の捥ぐ無花果を受く両の手で
讃美歌の流るる所水澄めり
澄むほどに水の姿を失ひし


大多喜まさみ

処暑過ぎてからりと風の変はりけり
トランプもバカ殿もある案山子かな
残菊や八幡宮の大階段


(つづきは本誌をご覧ください。)