東京ふうが63号(令和2年秋季号)

韓国俳句話あれこれ 8

本郷民男

▲ 朝鮮俳句一万集

植民地時代の韓国で最古級かつ最大級の句集が、『朝鮮俳句一万集』です。啓明大学校の兪玉姫教授の論文「日帝強占期の俳句研究―『朝鮮俳句一万集』を中心に―」(『日本語文学』24集、2004年)で韓国の俳句研究者は知っていると思いますが、日本ではほとんど知られていないでしょう。
因みに日本の図書館での『朝鮮俳句一万集』の所蔵先を調べたら、東京大学総合図書館だけです。ただし、高麗大学校で編纂した影印本『韓半島刊行 日本伝統詩歌資料集28 句集篇一』に収録され、それなら国会図書館に入っています。
朝鮮俳句一万集は1926年(大正15)に、朝鮮俳句同好会で発行され、編集が戸田定喜です。ざっと数えたら9666句で、ほぼ一万句収録されています。

▲ どんな句集

『朝鮮俳句一万集』は、縦13横19㎝の大きさで、404頁、京城刑務所で印刷しました。当時の本はこの大きさが多いです。江戸末期の板本で大衆向けのものは、中本といってこの大きさです。
編者は1897年(明治30)に高知県高岡郡戸波村に生まれ、ソウルで会社員をしながら雨瓢として『はぎ』や『ナツメ』で活動していました(『現代俳人名鑑』昭和元年)。
この句集は1904年(明治37)から1926年まで、京城日日新聞に掲載された7万句や、その他の新聞や雑誌に掲載された俳句を、季節別、季語別に編集した類題句集です。今日では類題句集がまずないですが、江戸時代以来むしろ類題句集のほうが普通です。また現在の新聞は俳句欄だけに俳句が掲載されますが、勝手に投稿しても載せてくれました。そういう句は前書付きだったりして、資料的価値が高いです。

▲ 先ずは新年の句

先ずはビールのように、類題句集は新年の天文から始まります。

 

海上にのつと出でたる初日かな  寸人
銀色に眼を射る不二の初日かな  春湖
社頭群るる鳩の毛艶も初日影   螺炎
初空や高麗峰々の雪景色     築水
初霞引くや淡路の島根より    笑楽
お降や枯木の中の孔子廟     柳子

 

「海上に」の句は芭蕉晩年の「梅が香にのつと日の出る山路かな」の亜流です。正岡子規も「初日のつと萬歳の聲どよみけり」と詠みました。不二(富士山)や淡路といった地名もあれば、高麗という現地の地名もあります。
韓半島では、各地に国立学校の郷校が置かれました。孔子を祭る文廟と学問を学ぶ明倫堂が前後にならび、左右には寄宿舎が並びます。「お降や」の句は、そうした郷校を詠んでいます。

(つづきは本誌をご覧ください。)