春季詠
本誌「作品七句と自句自解」より
蟇目良雨
考妣の肩にすがりて墓洗ふ
藤村忌豆腐をのどに詰まらせる
白南風やまづまづ貸借対照表
乾 佐知子
余花ひそか心鎮める時なれば
夏帽子小脇にはさみ友の墓
あの頃はみんな良かつた又夏か
深川 知子
錠鎖さぬ村をとよもす青嵐
新茶汲みさて密やかに誕生日
心太母に小さな嘘ひとつ
松谷 富彦
夕焼を横に広げて瀬戸は凪
昼顔や砂地に錆し船外機
緑濃きパセリの皿や狩行の忌
田中 里香
青蔦に窓までかくれ牧師館
降りつつも空に明るさ海開き
川風のとほる座敷や衣紋竹
古郡 瑛子
やはらかに母抱き入るる菖蒲風呂
潮錆のしるき鉄路や夏の草
捨てがたき父の庭下駄踊子草
小田絵津子
瀬頭にもんどり打つや上り鮎
筑波嶺の雲押し上げて青田風
市民課の待合室の麦茶かな
本郷 民男
衝突もけろり左右へあめんぼう
蝌蚪や蜷みな生き生きの代田かな
土撫でて三つ指で挿す田植所作
野村 雅子
妖精になることが夢踊子草
マネキンの手足はづして衣更
ぐいと首伸べて白鷺飛び立てり
高橋 栄
擦れ違ふ渋谷スクランブル薄暑
ウエイターの袖からタトゥ夏来る
蜜豆や積もる話をひとつづつ
島村 若子
初鰹どいてどいてとターレ駆く
夕風や香水を言ひ当てらるる
逃げて逃げて日暮の金魚掬はるる
弾塚 直子
海開駆け出したがる子らばかり
菅笠のじりじり進む草むしり
形而上絵画展出てサングラス
河村 綾子
栴檀の花のむらさき風を生み
村雨やけぶるむらさき花あふち
海開き朝日さしけり鳶の腹
荒木 静雄
白玉や母の笑顔が偲ばるる
海開き八十九歳日は暮れず
砂浜の空気を変へる海開き
伊藤 一花
青柿や馴染みの猫の通り路
居ても立つても寝てみても熱帯夜
着流しで土用二の丑鰻食ふ
鈴木 さつき
白玉やわた雲遠きビルの端に
ひび割れて白む田面の土用干
花合歓や葉は満月に合掌す
(つづきは本誌をご覧ください。)