東京ふうが 29号(平成24年 春季号)

曾良を尋ねて 12

貞享期に於ける芭蕉の句の一考察

乾 佐知子

貞享3年(1686)3月に催された『蛙合』の歌仙は芭蕉の「古池や」の句を巻頭として、後日門人達の手によって出版された。
この句について井上敏幸教授は下五の「水の音」にも注目されている。従来の和歌の常識からいえば、蛙の句にもってくる音は必ず蛙の鳴き声と決まっていたそうだが、芭蕉は下五に「水の音」を持って来たのである。
このことは以前にはとても考えられなかった作風だという。つまり芭蕉にとって水の音にさせる為には上五は「山吹」ではなく「古池」でなくてはならなかったのである。

元来俳諧は雅な古典和歌の流れから発生したものであり、その伝統的な文芸からあえて革新的とも思える句風に変えた原因は何か。
貞享年間に於てこの傾向は極めて顕著に表れており、その推移について若干触れてみたいと思う。
井本農一氏、井上敏幸氏、田中善信氏等の研究者の一致した見解として、『野ざらし紀行』の旅を終え、自分なりの生き方を決意して帰郷したであろう芭蕉にとって、この貞享年間に於ける句作の変化は決して見逃すことは出来ない、としている。

(つづきは本誌をご覧ください。)