東京ふうが50号(平成29年夏季号)

例句から読み取るオノマトペ

松谷富彦

 梅が香にのつと日の出る山路かな    松尾芭蕉
 春の海終日のたりのたりかな      与謝蕪村
 をりとりてはらりとおもきすすきかな  飯田蛇笏
 水枕ガバリと寒い海がある       西東三鬼
 チゝポゝと鼓打たうよ花月夜      松本たかし

人口に膾炙したオノマトペ名句である。擬音語(擬声語)と擬態語を総称してオノマトペ(仏語)と言う。英語ではオノマトピア。本稿では一般化した仏語のオノマトペを使うことにする。

 ずばり言えば日本語は、世界に冠たるオノマトペ多彩言語と言うのが言語学者の通説である。日本語のオノマトペが五千語を超えるのに対して、英語は二割の千語ほどで、フランス語になると約六百語と日本語の一割強しかないと言われる。 “日本最大 ”が売りの『日本語オノマトペ辞典』(小野正弘編・小学館刊)の蒐集語数が四千五百語、このことからも集めきれなかった小地域ローカル・オノマトペを加えれば、五千語超は間違いないだろう。

日本語オノマトペの特性とは?

『オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで』(岩波科学ライブラリー)の編者、窪薗晴夫さん(国立国語研究所教授)の序文「日本語にはオノマトペが欠かせない」の冒頭の文から引く。

〈「動詞で泣くイギリス人、副詞で泣く日本人」と言われている。(楳垣実『日英皮革語学入門』大修館書店刊)。人間が泣く様々な様子を、英語はcry,weep,sob,blubber,whimperなどの異なる動詞で表すのに対し、日本語は「ワーワー泣く」「メソメソ泣く」「クスンクスン泣く」「オイオイ泣く」のように異なる副詞を使って表している。ここで使われている副詞が擬声語(擬音語)、擬態語などのオノマトペである。〉

ちなみに日本語にも「なく」と同じ表音で表記する動詞が「泣く」「哭く」「鳴く」「啼く」とある。しかし、これらの表記は文学的表現、学術的表現、日常表現のいずれの場合でも、対象別の動詞「なく」の文字表記であり、一部の例外を除き「なき方」を表現する動詞ではないことだ。

「泣く」の文字表記は、人限定で〈悲しみ、苦しみ、喜びなどのため声を出し涙を流すこと。〉に使われる。「鳴く」は〈鳥・獣・虫などが声を出すこと。動物が声を上げること。〉の表記であり、「啼く」は〈鳥・獣・虫などが声を出すこと。人にも使う。〉「哭く」は〈人が声を上げて泣くときの表記だが、泣くの意も。〉


(つづきは本誌をご覧ください。)