東京ふうが51号(平成29年秋季号)

コラム はいかい漫遊漫歩
『春耕』12月号より

松谷富彦

(76)芸能人の遺した「辞世の句」

「お客様は神様です」の国民的演歌歌手、三波春夫。本名の北詰文司にちなんだ北桃子(きたとうし)の俳号で俳句を詠んだ。

平成13年(2001)2月、東京は大雪。雪国新潟県長岡出身の北桃子は、前立腺がんで入院中の病室から外を眺めながら<ふるさとを見せてやろうと窓の雪>と詠む。付き添う長女の美夕紀が「辞世の句かしら」と問うと「そうかもな」と答え、続けてもう一句詠んだ。

逝く空に桜の花があれば佳し 北桃子

桜散る4月14日「ママありがとう。幸せだった」が最後の言葉。77歳没。

 

女優、夏目雅子の決めぜりふは、映画『鬼龍院花子の生涯』での啖呵「なめたらいかんぜよ」。これも流行語に。夏目は写真家の浅井慎平主宰「東京俳句倶楽部」に参加、俳号は海童。〈結婚は夢の続きやひな祭り〉などの句がある。
昭和60年(1985)2月、舞台『愚かな女』公演中に慶應義塾大学病院に緊急入院、急性骨髄性白血病と診断された。一時小康を得た雅子は、夫の作家、伊集院静に抱きかかえられて病室の窓越しに神宮の花火を眺める。防音ガラスの窓のため、音は聞こえなかった。

間断の音なき空に星花火   海童

この句を詠んだ2か月後の9月11日、27歳で逝く。

 

>映画『男はつらいよ』シリーズの “フーテンの寅 ”役を27年間演じ続けた国民栄誉賞俳優、渥美清の俳号は風天。転移性肺がんで平成8年(1996)8月没。死後に223句を収めた『渥美清句集 赤とんぼ』(本阿弥書店刊)が出た。死の5か月前の詠句を、心優しい風天の辞世の句としたい。享年68歳。

ポトリと言ったような気する毛虫かな  風天

(文中敬称略)


(つづきは本誌をご覧ください。)