東京ふうが53号(平成30年春季号)

春季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


蟇目良雨

菊坂のくらがりに入り春愁
をののいて空へとび出す石鹼玉
草笛や泥を流せるメコン河

鈴木大林子

縄文一万年きのふのごとく夏来る
馬医者が馬と語らふ麦の秋
メーデーも死語となりしか皇居前

乾 佐知子

蝌蚪の尾の消ゆるころなりミシン踏む
子離れし親はたんぽぽ絮とばす
筍飯家継ぐ話はづみけり

井水 貞子

雀の子弾む仏の掌
白詰草小さき野仏つつみけり
鷹鳩と化し露座仏の肩にかな

深川 知子

春愁や阿修羅の長き腕の影
巣燕の声にひと日の新しき
鍵に鳴る鈴の音ひそか薔薇の雨

松谷 富彦

声楽し名を知らねども百千鳥
せせらぎに皆同じ向き座禅草
兜太逝く脊梁山脈春疾風

井出智恵子

桜蘂耳のうしろを降りやまず
早蕨や古りし水車の軋む音
春蘭や梵字薄れし柳生道

藤武由美子

石庭の大き余白や春寒し
いつの世の野辺の仏やいぬふぐり
たんぽぽやナウマン象の発掘地

井上 芳子

小児科へ背負はれ急ぐ春の坂
蔦若葉義経主従の歌がるた
菜畑や忠治の墓に赤城酒 (国定)

石川 英子

火の神を鎮むる四神へ風光る (秋葉神社本宮)
皿投げや秋葉山頂遠霞 (秋葉神社本宮)
春陰や次郎長生家はや灯す (静岡市清水区)

花里 洋子

開ききりあくびのごとしチューリップ
春禽の声をひそめる雨木立
雨粒をふくみ重たげ残る花

堀越 純

鳥帰る煉瓦造りの製糸場
飯を炊く土鍋の罅や多喜二の忌
星山の傾りにひそと節分草

古郡 瑛子

茶柱の揺らめく憲法記念の日
春愁の父にのぼりてあまえる子
紙芝居の水あめ映し石鹸玉

小田絵津子

紙コップ浮かべ三四郎池温む
少年の息を豊かにしやぼん玉
隠沼の日向にゆるぶ蝌蚪の紐

髙草 久枝

朱印受く南都の尼寺の春障子
風光る菩薩化身の空風呂に
馥郁と門跡尼寺の雛の間

河村 綾子

蕗味噌の苦き香りに身の軽し
黒猫と歩調を合わす春の暮
蕪汁男の子の語る母のこと

荒木 静雄

春の山引き連れ走る中央線
残雪の装ひ競ふ甲斐連山
水車小屋囲む雪解の川の音

春木 征子

チューリップ畑遠々として波の音
学僧の手入れし百合の咲き満てり
銀輪の父子遠のく麦の秋

大多喜まさみ

石鹸玉虹色の風頬に受け
喧噪の中静かさや花筏
ドア開けてデンと控へし昼蛙

島村 若子

一日の長きが恐し菜種梅雨
木の芽立つ少しく天に近づけり
ファクシミリのろのろと蛇穴を出づ


(つづきは本誌をご覧ください。)