「素十名句鑑賞」 21
蟇目良雨
(170)
礼帳に第一青畝第二素十 昭和34年「芹」
現代は素十が生きた頃から五十年経過している。昭和から平成、令和と時代は駆け足で進んで来た。風習も目まぐるしく変わって来た。この句の「礼帳」とは年賀客が記名する帳面である。今では普通の家庭ではやらないだろう。宮中などではやっているかもしれぬが生憎知らない。この句を鑑賞することは私には不可能なので、『素十俳句365句』(梅里書房)の助けを借りることにする。
昭和34年、奈良県大神神社に初詣をして、宮司も参加する大和句会に参加したときの礼帳に、一番目に阿波野青畝が記帳し、二番目に素十が記帳したことを句にしたもの。青畝は素十より6歳年少だが、句歴は先輩に当たる。俳諧のしきたりで青畝が先に書き、自分が後に記帳したことの清々しさを句に詠んだものとされる。慎み深い素十を感じることが、この句の眼目である。
(171)
杜氏寝てをるや蒲団の盛り上り 昭和16年 ホ
酒造りの杜氏の一コマである。酒蔵の奥まで入り込んで作った作品。杜氏を題材にして作るにしては寝床の蒲団の盛り上りを見て、これで良しとする素十の写生の目を学びたい。蒲団が「盛り上って」いることで、杜氏の体を丸め込んで疲れ切った様子が表現されていると思う。
『素十俳句365句』(梅里書房)の蒲原ひろしの文章によれば、当時の酒蔵は午前2時蒸米係が起床、4時には全員起床、忙しい午前中の労働、11時頃から午後1時まで昼食、昼寝、5時から入浴、夕食、ついで粕剝きで7時、8時にようやく体が開く重労働の繰り返しの日々である。
現代の杜氏の生活とは随分違うだろう。記録文学と言われる俳句に相応しい一句である。
