春季詠
本誌「作品七句と自句自解」より
蟇目良雨
花楓仏足石に吹きたまる
菜の花の野の明るさよ蕪村以後
閉め切つて奈良を楽しむ春障子
乾 佐知子
彼岸より此岸にありてつつがなし
神宿る祝女(のろ)の島とや風光る
雨ぐせの風の湿りや麦青む
深川 知子
梅東風や社参の僧の男ぶり
蕗の薹揚げて父母もてなしぬ
まだ動くものを御供とし冴返る
田中 里香
巴里の絵の人動き出す花ミモザ
ひざ折りてスイートピーと同じ風
クラークの指さす大地風光る
松谷 富彦
飽きもせず寄せては返す春の海
花吹雪潜りて浴びて奥千本
散歩道けふは土筆を一握り
弾塚 直子
父の忌を修するやうに春の雪
雛菊やもう占を恃まざる
囀りに続く囀り転調す
古郡 瑛子
語りたき友みな逝けり花吹雪く
街路樹の肌しつとりと蘖ゆる
花菜畑離宮の船の離れゆく
本郷 民男
はだら雪一夜と持たず水の町
屋根替や大バリカンが屋根の上
B面を愛づる人あり楓の芽
野村 雅子
ふらここに揺られ命は短しと
ひこばえや一年生の挙手に似て
犬ふぐり疎らなバスの時刻表
高橋 栄
ワンオンのバックスピンや落雲雀
蝌蚪の尾の消える吾にも尾骨あり
葱坊主とぼとぼ行くは山頭火
島村 若子
装ひは瘦せ我慢とや冴返る
菜の花や独り占めしてしまひさう
春障子勝手きままに猫の穴
鈴木 さつき
春の雪炊き立ての飯山盛りに
母許やことさらに踏む残る雪
初蝶を追ふ声声の移りをり
伊藤 一花
朝の卓若布サラダの緑濃し
菜の花の羽音に蜜を出す不思議
青き味米に移して豆の飯
関野みち子
乳首噛む子の頬つねるかの子の忌
料峭や生駒色街石畳
春コート纏ひ女は風となる
鶴田 武子
八荒や白波走り鳰の海
料峭や三味に泣かさる霊験記
笙の音や菓祖に捧ぐる桜鯛
前阪 洋子
二人して一畳ばかり耕せり
料峭や里の雨戸は閉じしまま
喪帰りの傘を激しく花の雨
河村綾子
新調のはたたくカーテン風光る
ひこばえや思いもよらぬ生業に
啄木忌雨の匂いの白き花