東京ふうが52号(平成30年冬季・新年号)

第13回「遊ホーッ」 372号/373号より

洒落斎

①フェロモン

フェロモンのそもそもの始まりは、もう100年あまり昔のことで有名なファーブルの『昆虫記』に遡るそうです。南フランスに住んでいたファーブルが家から何Kmも離れた山に登り、そこで珍しいオオクジャクガという大きな美しいガのメスを一匹つかまえた。ファーブルはそのガを金網の虫かごに入れ、部屋の隅に置いておいた。翌朝ファーブルが起きてみると、何とその部屋にはオオクジャクガのオスが何匹も窓から飛び込んできていて、網かごのまわりなどにとまっていた。

家のまわりの平地でこのオオクジャクガを見たことはなかったので、オスが惹きつけられるとしたら匂いしか考えられない。そこで次の晩、ファーブルはそのメスのガを植木鉢の枝にとまらせて上からガラス鐘をかぶせておいた。こうしておけばもしメスのガが何か匂いを発していたとしても、外からそれを嗅ぎつけることはできない。

翌朝、ファーブルの予感は当たっていた。その晩新しく飛び込んできたオスのガたちはきのうメスを入れておいた空の網かごのまわりに群がっていて、メスのガが外から見えるガラス鐘のまわりには一匹もいなかった。

この匂いの正体の科学的構造を解明したのはドイツの有機化学者アドルフ・ブーテナントでノーベル化学賞を受賞した。

ブーテナントはカイコのガのメスからごく微量の性誘引物質をとりだし科学的構造を明らかにした。それは10の14乗分の1gでカイコガのオスを興奮させ、翅をばたばた打たせるという未曽有の超強力な生理活性物質であった。その後も次々と新しい誘引物質が発見され、ホルモンに倣ってフェロモンと呼ばれることになった。

生物学者の日高敏隆京大名誉教授は性フェロモンを放っているメスのガのところへ、オスたちがどのようにしてやってくるのかを暗闇の中で、蚊に刺されながら目をこらして観察した。その結果は当時信じられていたように、風下からメスに向かってまっすぐ飛んでくるオスなど、夜外では一匹もいなかった。オスたちは風向きとは関係なく全速力でやたらにあちこち飛びまわっている。そのうちに、たまたまメスの1mほど近くをとおりかかったとき、オスは突然に向きを変えてメスに近づく。そしてメスの姿が目に入ると、やにわにメスに飛びついて交わるのであったと著書の『生きものの流儀』に記している。

ガは視覚でオス、メスの区別ができないようで、匂いで識別するということになる。
生物学者の日高敏隆は暗闇の中で、蚊に刺されながら観察と記しており、なかなか大変な仕事である。

一方、オスのガにとってはメスのガのフェロモンを求めて、どこにあるかもわからず闇雲に飛びまわるしかないというのだから、かれらも大変だ。なにごともじっと待っていては何も得られないという教訓のようです。


(つづきは本誌をご覧ください。)