東京ふうが54号(平成30年夏季号)

春季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


蟇目良雨

神となる高さを落ちて那智の滝
大接近の火星見送り夏惜しむ
台風の目やひそひそと女ごゑ

鈴木大林子

公園の水浴びてゐるインド象
あやしては昼寢の嬰を起こしけり
入道にもなれず夏雲退散す

乾 佐知子

菖蒲田の風は水より湧くごとし
聞き流すすべを身につけ薄衣
甚平着て耳また疎くなりにけり

井水 貞子

いつも来る杭の翡翠身じろがず
水中に梅花藻の白ゆれやまず
島岬吹かれ通しの野萱草

松谷 富彦

廃村の草丈高き夏野かな
列島を釜茹でにして七月尽く
少年もいまは語り部終戦日

深川 知子

指先に探る脈拍太宰の忌
下宿屋の簡易シャワーと蚊遣香
先陣の址や翡翠鋭き一矢

井上 芳子

台風裡盛会となる句会かな
蚊遣香本尊さまは牛車にて
平安の薬師如来や紅木槿

井出智恵子

葉裏より角ふりわけて蝸牛
蛍籠吊して闇の動き出す
水音のはればれとして蓮の花

藤武由美子

止まり木の翡翠見入る水鏡
日矢射すや切り立つ能登の青岬
五月闇後ろさびしき無縁坂

花里 洋子

母の里の疎開の記憶青田風
畳表の青き匂ひや花石榴
風死して羽化のかなはむもの数多

石川 英子

白樺の花垂れつくす湯の湖道
御僧に薄茶に給ふ柏餅
蘆茂る渡良瀬よりの夕筑波

堀越 純

転舵してぐいと傾く青岬
追分の風の旅籠や辰雄の忌
翡翠の一の矢水面修羅なせり

古郡 瑛子

涼しさやさらさらと鳴る砂時計
海月浮くつかみどころのなき憂き世
蚊遣火や芙美子の庭のうつくしく

小田絵津子

絵硝子のモーゼの若し聖五月
馬育て馬を走らせ青岬
ひと巻で果てし蚊遣の灰の渦

河村 綾子

万緑や雨も色づく大手濠
雲湧くや青岬行く宅配車
守一の雨粒跳ねる半夏生

髙草 久枝

須佐之男命の立ちし出雲の青岬
濃紫陽花行きつ戻りつ遍路道
夏燕成田参道過りけり

春木 征子

秋の蝶原ゆるやかに時流れ
老鶯と別れを惜しみゴンドラへ
かき氷白馬下山の褒美とす

荒木 静雄

引揚船命のありて青岬
アトリエにヌードモデルと蚊遣豚
遅咲きの西洋朝顔色深し

大多喜まさみ

蛍飛ぶ無明の未来照らすごと
見上げれば霧雨烟る合歓の花
憂きこの世「いざ生きめやも」辰雄の忌

島村 若子

梅雨に入る仏花にミント一枝差し
大橋を渡り切れまい蝸牛
水のある惑星に棲み迎へ梅雨

本郷 民男

亀石に池を与へし梅雨の雨
柱穴ごと青みどろ古寺の址
韓国の最後の日々は真桑瓜


(つづきは本誌をご覧ください。)