東京ふうが62号(令和2年夏季号)

春季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


蟇目良雨

仙人掌の咲く楊貴妃の憂ひもて
カラフルなコロナマスクが梅雨に咲く
妣の手を借り蟵を吊りにけり


乾 佐知子

守宮鳴く蔀戸開く薬師堂
夕桜山影せまる闘牛場
山鳥の声すき透る清和かな


深川 知子

宿題の浴衣を母が仕上げけり
木屋町に瀬音の高し夏暖簾
浴衣着て稽古帰りの舞妓かな


松谷 富彦

日の暮れて山里霞む花あふち
慈悲心をわれに問ふかに十一鳴く
卒塔婆の墨書新し原爆忌


小田絵津子

千年の杉に柏手登山口
湯上がりの襟元ゆるめ夜の団扇
恙なき証の汗と思ひけり


堀越 純

磴下りるほどに瀑布の近づけり
誘惑の真紅のひかり蛇苺
猪牙舟の櫂の自在や真菰草


古郡 瑛子

鯵刺のひるがへるとき宙かがやく
黒檀の欄間の灯影守宮鳴く
余生今自由と孤独昼寝せり


本郷 民男

ぶなの根の開け初む五月至仏山
ソフトウェア更新せねば羽抜鶏
鶏のごと流しさうめん並び喰ふ


河村 綾子

咲き満ちし仙人掌に見る昔
葦切りにざわめく葦や遊水地
雷鳥も吾も霧を抜けきし一の越


荒木 静雄

南北の絶えぬ争ひ綿の花
鯵刺やドローンも叶はぬ急降下
父の日や己が余命を思ふ時


髙草 久枝

ハンカチを着物の衿に祖母なりし
鯵刺の過る一瞬みのがせる
十一の声にたからかに身延かな


野村 雅子

門閉ざす鴎外荘に花石榴
箱庭に子供の頃の昭和かな
風死すやジョーカー引いてしまいけり


島村 若子

風薫る音大生の打つ鼓
厚く切る今朝の食パン梅雨の晴
不忍池の蓮やせんべい焼く匂ひ


大多喜まさみ

病窓にヴィオロン響く聖五月
ちちと鳴く夫婦の守宮戸袋に
藤房の幼き子らの手に届き


宮沢 久子

腹みせて息づく守宮風の窓
川も闇道も闇なる蛍の火
若葉風芝生の上のヨガポーズ


(つづきは本誌をご覧ください。)