東京ふうが65号(令和3年春号)

春季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


蟇目良雨

落ちて来し古巣の軽し髢ほど
貧乏は銭金のこと蜆汁
      父の家を売りしとき
古巣ある家ごと売つてしまひけり


乾 佐知子

谷戸深き立子の墓に杉菜生ふ
渡舟場の明るき雨や猫柳
奥宮の黒き社や花あづさ  (香取神宮)


深川 知子

奈良坂に牛の長鳴く目借時
蕨摘む杣の峠の暮るるまで
春時雨祇園小路の灯し頃


松谷 富彦

初蝶に舌打ちしたる農夫かな
古民家や軒の古巣も文化財
山繭や卑弥呼纏ひし絹衣


古郡 瑛子

銭湯の深き庇に古巣かな
浅蜊汁うまし回転寿司の店
春雨や干されしままの嬰の靴


堀越 純

指先に香を移し蓬摘む
猪牙船の芽張るかつみに棹させり
雛たちに岳風ゆるぶ陣屋跡


小田絵津子

風荒き瀬田の泊りや蜆汁
山藤に山が重たくなりにけり
花は葉にまん延防止措置敷かる


本郷 民男

木流しの土場の夜明けの斧の音
気が付けば本に涎の目借時
風穴を出でて種紙戻るころ


高草 久枝

城址の固き水音春寒し
春雨や手向花増ゆ戦災碑
古巣をば払ふ男の棒さばき


河村 綾子

春一番脚のすらりと女学生
店頭の今日から真中桜餅
蒼天の坂に風来て花吹雪


荒木 静雄

身一つで万里の空を鳥帰る
小鮒釣りし小川の畔猫柳
ほどほどに間をとり歩く花見かな


島村 若子

風と水と富士のととのひ種浸す
とびきりの遊び場となり田の紫雲英
初めての日曜大工小鳥の巣


大多喜まさみ

糸桜駆け込み寺の屋根越えて
古井戸は防災井戸に紫雲英かな
コーランを唱ふ塔上古巣置き


野村 雅子

船宿の並ぶ花街猫柳
ひとひらは犬の鼻先花吹雪
藤の花夢見心地に揺れてをり


(つづきは本誌をご覧ください。)