俳句とエッセイ「東京ふうが」平成28年夏季号

東京ふうが46号(平成28年夏季号)

夏季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


高木 良多

こもごもと鴉のこゑや山茂り
凸凹の砂地をあさる夏の蝶
梅雨寒や墨汁買ひに木戸を出る

蟇目 良雨

箱庭の中より姉の消えてをり
曳売りのリアカーはまる熱砂かな
なまなまと天を焦がせる大文字

鈴木大林子

虫送り道祖神より折り返す
百日紅散る頃訪ふと友の文
来世など見て来たやうな盆の僧

乾 佐知子

暮れてなほ何かに急くや秋の蝉
百日紅亀甲墓に影おとす
喘ぎ咲く月下美人の只ならず

井水 貞子

上布着て橋を渡れり神田川
オルガンのひびき協会闇涼し
虫送り田風に鉦の乗りてくる

深川 知子

碑は八一の寄せ字ほととぎす
炎昼や善男善女五条坂
地下街に昼酒となる泥鰌鍋

松谷 富彦

雷鳴を雷鳴と聞く平和かな
古書肆から紙魚引き連れて戻りけり
黒山羊さん読まずに食べし落し文

井上 芳子

「ふるさと」を指名で指揮や夾竹桃
終戦忌白き花束続きをり
盛夏墓地県知事議士の粛然と

花里 洋子

ふりむけど一人もおらぬ木下闇
箱庭のゆるき山路を荷駄の馬
湯上りの風のやはらか江戸風鈴

石川 英子

農継ぎしをとこを染めて大夕焼
萱草の花の埋むる無縁墓地
金山の滴り光る窟の闇

堀越 純

薫風や和算の墓所へ坂上る
青胡桃山雨にけぶる坊の宿
夏帽子海に向ひて並びをり

古郡 瑛子

大仏の螺髪さやけき梅雨晴間
夕薄暑まだそのままの母の居間
白菖蒲ゆたかに水の湧く夕べ

髙草 久枝

ざばざばと水を掛けゐる吊忍
翡翠は餌を咥へて柳橋
藁屑に唄声ありし虫送り

荒木 静雄

敗戦の記憶重なる大文字
難民の幼子の踏む熱砂かな
箱庭や仮想世界の今昔

河村 綾子

郭公の鳴くたび山の風動く
雑踏を来て江戸の代の作り滝
作り滝江戸のしつらえそのままに

阿部 理子

隠国の海に落ち行く滝ひとつ
奥能登の海の昏さよ滝の音
蜘蛛の囲やローン返済三十年

阿部 旬

翌日の風の清けし虫送り
百日紅ひとり居残り逆上り
ゲルの上天河三百六十度


(つづきは本誌をご覧ください。)