俳句とエッセイ「東京ふうが」平成28年夏季号

東京ふうが46号(平成28年夏季号)

寄り道 高野素十論

その17

蟇目良雨

前章で中田みづほと濱口今夜がしきりに褒めていた文章が、高濱虚子が讀賣新聞社の要請によって書いたエッセー「箒草」という文章だ。
讀賣新聞社が「自画像を描く」という題目で主として文壇諸名家の心境の自己紹介をさせることを目的に書かせたものである。
高濱虚子はこの求めに応じて端居をしながら庭先の箒草を見て、その本質を見つけようとあれこれ想を練るという内容である。
庭に生えている季語にもならない箒草を観察して如何に一句を生み出すかの思考の過程が虚子らしくねっちりとした表現で書かれているので、我々俳句作者にとって大変有用な内容を含んでいる。
箒草と取り合わせるものに「踏石」や「物干し柱」「石燈籠」を持ってきてもありきたりになることや、「風の無い中での箒草」「風に倒れて起き上がった曲ったままの箒草」「日中の影法師の陰影の濃淡」「月明下の影法師の陰影の濃淡」などあらゆる起こり得る場面を設定して検証してゆくしつこさは虚子らしいと言わざるを得ない。
そうこうして思考を巡らせて行き着いた先が箒草には露が付くことが稀であるということ。地面に落とす影そのものが箒草の本質と深い関係があることに思いが至ったことなどを記し、尚、他に箒草の本質を表すものが無いかと17文字の為に時間を浪費する日常の楽しさをエッセーに認めている。
俳句を作るときに見える範囲のもので取り合わせて作っても本質を摑むことが無ければ他人には感動を与えられないことなど私達にとって耳の痛い話ばかりである。
この文章が書かれた昭和4年ころから80数年たった現在でも俳句作りの態度が余り改善されないということは先人の貴重な意見も世代が変わればすっかり忘れてしまう人間の哀しい性を思い知らされる。
濱口今夜は「あの文章ははじめから終りまで全部金玉の文字であつていづれの部分を採っても教えられざる所なしといふべきものである」とし、中田みづほは「大体「箒草」なる文章、これは僕は一の比類なき優れた散文詩であるとおもふ」とまで言っている。
一地方俳誌「まはぎ」に「句修業漫談」を続けたみづほと今夜が二人とも褒めちぎった「箒草」という高濱虚子の手になる文章を読まないで先に進むことは片手落ちになると思うので是非読んでいただきたい。

※私も、虚子やみづほが余りに箒草のことを語るので箒草なるものは育てたらどうなるのかと購入して育てている。梅雨の頃買ったのだが鉢を大きめのものに移してベランダに置いて育てている。朝日と夕日がうまく当たってくれてすくすく育っているが、日中の日差はベランダの高い塀に遮られてうまく当たらない。水やりも欠かさない。
しかし、虚子の観察する箒草と決定的に違うところは露地植えでないことである。地面に落ちる影ははっきりしない。ハンディのある育て方であるが、そうは言ってもとにかく育ててどうなるかを見極めたいと思っている。今では箒草に小さな実が着き初め全体が星座のように見えるようになってきた。

「箒草」     高濱虚子

彼は今箒草を頭の中に描き出して見て一つの好ましい景色を想像して見て居る。箒草の風を受けずに素直に突つ立つて居る様も想像して見たが、其等は既に幾度も彼の頭の中を往来したことであつて、どうも彼の注意を其の一点に集めるには力が弱いことのやうな心持がした。それとは反対に箒草が嵐の為に吹さ倒れてその吹き倒れたものが起き上らうとして曲つた形になつた場合も想像して見たが、それも心を引かなかつた。箒草の踏石のほとりに生えて居るさま、物干の柱のそばに生えて居るさまなどを想像して見たがもとより問題にならぬ。

夏の短夜のしらしらと明け放れる頃庭を見ると箒草が立つて居る。まだ熱くならぬ頃であるが然し露らしいものは無論下りて居らぬ。朝日がのぼつて来ると其の影が地上に生れる。すくすくとまつすぐに正しい形に立つて居る箒草の影は又同じやうに地上に其影を落して居る。三本五本と並んで立つて居る場合は矢張地上に三つか五つ黒い影が伸びて居る。日が段々とのぼつて来るに従つて其影は段々と濃くなり同時に短かくなつてゆく。日が天に冲する時分には其の影は殆ど無くなる。それから段々又西に廻るるにつれて影が反対の側に生じて来る。その影ば非常に濃いものであるが段々日が西に傾くにつれて又段々と薄くなつてくしかもだんだんと伸びて来る。

夕陽が西の山にはひると同時に影は遂に無くなつてしまふ。夕暮の色が地上を蔽ふて来る。が暫くして月がのぼる。又長い影が地上に生れる。月が天に冲する頃になると影が殆ど無くなり、月が西に傾くに従つて又反対の側に影が伸びる。月が山に入るに従つて其影は無くなる。又夜明がはじまるといふ順序である。

二六時中こんな単調な変化が繰り返されるのであるが、気が付いて見るとその間に一度も其箒草に露の下りて居るのを見たことが無い。見たことが無いといふことを実験したのでは無いが、箒草といふものを瞑想することによつて、この露のないといふことに気がついて見ると、それが此の草を活かす一つの方法であるやな心持がする。実際露があつてもかまはない。露が無いと観ずることが、箒草を頭の中に再現して見ることに有力な働きをなすやうに思ふ。そこでかういふ十七字が生れる。

箒草露のある間のなかりけり

それから日がのぼつたり月がのぼつたりするにつれて影が生じる。日や月が天に冲するに従つて影が濃く短くり、日や月が西天に傾くに従って又影が伸び、遂に又無くなつてしまふといふことなどはひとり箒草に限つたことではなくて何にでもあることである。庭の梅の木でも松の木でも又石燈籠でも手水鉢でも日蔽の柱でも門柱でも地上にありとあらゆるところのものは皆同じ状態を繰り返して居るのである。そんなことを問題にするといふことは根底から間違つたことではないかといふ意見が出るだらう。それに就いて彼は尚云ふべきことを持つてをる。


(つづきは本誌をご覧ください。)