東京ふうが58号(令和元年夏季号)

夏季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


蟇目良雨

遊船を大東京の灯が囲む
一行を黒々と記す原爆忌
青春を永遠(とわ)の標に草田男忌


鈴木大林子

方言でメールを送る帰省の子
象一頭潜れさうなる茅の輪かな
父の日の父が描きし設計図


乾 佐知子

喘ぎつつ登る参道桜蘂
青簾浮世の闇を透かしけり
山滴るそのふところにワイン蔵


深川 知子

いつからか世話は父さん目高の子
民話聞く真白き繭を手のひらに
修司忌や桟敷に残る煙草跡


松谷 富彦

はやる鵜に鵜匠よろめく徒歩鵜かな
雨上がりひと葉ひと葉に青蛙
白南風や窓全開の海女の小屋


花里 洋子

緑陰や「衣の歳時記」風と読む
風神の袋ちんまり油照り
慰霊碑へ椎の大影原爆忌


小田絵津子

支へ合ふ二人の暮し冷蔵庫
草田男忌沖ゆく巨大貨物船
屋形船遠見の土用鰻かな


石川 英子

健やかな御代常しなへ五月富士
苔清水工女らの墓慎ましく
白樺芽吹き志賀高原の風薫る


堀越 純

雪渓に魔の山見入る老夫婦
利尻富士見ゆる日和や昆布干す
向ふ傷舐めあふ猫や青嵐


古郡 瑛子

朝顔市慶喜の墓にまはりけり
千代紙の小箱の夏蚕透けにけり
かつぽう着の母の美し梅雨晴れ間


河村 綾子

郭公の声に応へる山暮らし
のびのびと個性豊かに箒木草
坂ごとに若立つ風や四月尽


髙草 久枝

富士見えし祖母の生家の今朝の秋
原爆忌少女の愁ひ忘れまじ
露座仏の膝に籠れる残暑かな


春木 征子

額づきぬ昇魂之碑や百合の美し
夕立晴れ街並み清し日を返す
大雨の止むやしきりに虫の声


島村 若子

線香花火の「散り菊」までは動かざる
開け放つ窓にショパンや草田男忌
仏飯の冷めるはやさよ今朝の秋


大多喜まさみ

夏祭いなせな鳶の木遣唄
去年採りし棉植ゑし実よ「はよ育て」
納沙布の冷たき風に昆布刈る


本郷 民男

どの魂も同じ小舟や流燈会
千貫の酷暑担がれお練りかな
蛍見の帰りは闇も暗からず


(つづきは本誌をご覧ください。)