東京ふうが70号(令和4年夏季号)

コラム はいかい漫遊漫歩 『春耕』より

松谷富彦

162 廃道も花火ひらいて瞬けり
又吉直樹

 芸人ピース又吉こと芥川賞作家又吉直樹は、俳人堀本裕樹との共著『芸人と俳人』(集英社刊)の「まえがき」に書く。
〈子供の頃から、俳句に対する憧れはあったものの、どこか恐ろしいという印象があり、なかなか手を出せないでいた。なにが恐ろしかったかというと、難しくて解らないことが恐ろしかった。…「定型ってなんやろう?」「季語ってなんやろう?」「や、かな、けり、って呪文かな?」という調子で、とにかく俳句が怖かったのである。〉

続けて引く。〈母国語である日本語で表現されたものを理解できないというのは寂しくもあった。なにより、十七音という限られた字数の中で、あらゆる事象を無限に表現できる可能性を秘めている俳句を心底カッコ良いと思った。〉

又吉の定型俳句入門の師匠となった共著者、堀本裕樹が言う。
〈『カキフライが無いなら来なかった』と『まさかジープで来るとは』、読ませていただきました。いろいろな要素が入っていて、自由律俳句として本当におもしろかったです。たとえば、「愚直なまでに屈折している」。…自意識過剰な勘ぐりみたいなものが全開のこうした句が、又吉さんの独特の味やおもしろさになってにじみ出ている。〉

〈と思いきや、この句の隣に、「蝉の羽に名前を書いて空にはなした」というまったく趣きの違う句が…僕、この句、すごく好きです。…「名前」というのは、まさに自分自身のことですよね。だから、自分自身を解放したいのかな、と思ったのです。〉応じた又吉、〈蝉って、七日経ったら死ぬっていうじゃないですか。自分の名前を書いた蝉を、七日後に捜そうと思ったんですね。子どもの頃って、そういう変なこと考えますよね。〉と。

ちなみにこの共著書は、又吉が堀本に定型俳句の一から二年間に渡って手ほどきを受け、その経過を師弟対談や二人の「季語エッセイ」、句会報告の形で雑誌『すばる』(2012年10月号~2014年10月号)に連載した『ササる俳句 笑う俳句』に書き下ろし原稿を加えて単行本化したもの。

師弟句を各六句、混ぜ合わせて並べるので点盛りはいかが。作句者名は末尾に。

 ①新刊の栞ひも引く淑気かな ②父の足裏に福笑いの目 ③爪切りと消ゴム競ふ絵双六 ④コント見てころころ笑ふ春着の子 ⑤朦朧と歓声を聞き浅蜊汁 ⑥石鹸玉飲んだから多分死ぬ ⑦鳥雲に手のひらを待つ占ひ師 ⑧蛙の目借時テナント募集中 ⑨激情や栞の如き夜這星 ⑩猫じやらし海風じやらすばかりなり ⑪銀杏をポケットに入れた報い ⑫なつかしき男と仰ぐ帰燕かな
[堀本句]①④⑦⑧⑩⑫   [又吉句]②③⑤⑥⑨⑪ (文中敬称略)


(つづきは本誌をご覧ください。)