東京ふうが75号(令和5年秋季号)

 

秋季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


蟇目良雨

   往時
桔梗に妻の潜んでゐやせぬか
突いて来し杖もて豆を打ちはじむ
墓の字を指でなぞるも寒露かな


乾 佐知子

初秋の白き雨降る高台寺
一献の後の夕風鱧の皮
秋の夜ペンで書き足す生命線


深川 知子

秋めくや十歩の廊を拭きあげて
菊枕紫紺は母の好きな色
夜を鳴くかそけき鳥の声秋気


松谷 富彦

きちきちと嘯き逃ぐるばつたかな
炎帝に去ねとも言へず龍田姫
シジフォスの苦役めきたる添水かな


田中 里香

大満月四角ばかりの街の空
二百十日沖には太き雨柱
入植の百年の地や小豆干す


古郡 瑛子

酌み交はす秋の名残の屋形船
上州のべえべえことば稲の花
父の忌や白桃を裂き大皿に


小田絵津子

紅さして田の神在す稲の花
山彦も大声出して運動会
禰宜の衣の折目正しき白桔梗


本郷 民男

さかしまに岩峰映す水澄めり
石塔を残し寺跡稲の花
燈火親し憶良のぼやきことさらに


野村 雅子

小鳥来て禅寺の庭賑やかに
夫婦とも長寿の家系星月夜
ゆつくりと過る寒露の猫の鈴


高橋 栄

寅さんが背広の袖で柿を拭く
障子貼りきのふと違ふ母の声
六本木通りをどこへ秋の蝶


河村 綾子

地の神と歩く心地に落葉道
蒼穹や吊花の実の振れる音
旧姓で呼びあふ昼餉小春かな


荒木 静雄

その昔風呂水汲みし秋の川
病床の姉のおねだり桔梗花
寒露の日富士の高嶺に初冠雪


島村 若子

兄が引き妹も引く烏瓜
明方の夢長引かす寒露かな
豆打つやまめがらで焚く野天風呂


大多喜まさみ

路地裏に猫の足ぶみ秋刀魚焼く
災ひも恵みも湛ふる秋の川
べらぼうめ秋刀魚一匹五千円


弾塚 直子

青天にうねる金龍菊供養
女郎花つぎつぎに風いなしては
楼閣の水鏡して菊日和


伊藤 一花

仏足石のやうなステーキ秋喰らふ
秋の水にぽとりと小石投げてみる
秋風や猫も遠くを見るやうな


鈴木 さつき

郷の土つく男爵芋の臍洗ふ
慶びの幾つあるかと小豆打つ
ピアス照る耳を数ふる休暇明


(つづきは本誌をご覧ください。)