秋季詠
本誌「作品七句と自句自解」より
神となる高さを落ちて那智の滝
大接近の火星見送り夏惜しむ
台風の目やひそひそと女ごゑ
ゐのこづち取り合つてゐる測量士
日本の原風景や柿たわわ
県境のトンネル長し雪女郎
秋の夜のひとりの粥を焦がしけり
深入りはせぬと心に秋扇
てのひらに桜紅葉の余熱あり
むかし瞽女辿りし野道曼珠沙華
本当のことは黙して吾亦紅
きちきちと鳴いてさみしきばったかな
いしぶみに江戸のかな文字返り花
工房に薪の匂へる冬初め
つゆけしや蝋涙のなき絵らふそく
重厚な刀簞笥や実南天
袴着て声良き詠み手菊日和
秋扇払飛ばしの札の来て
子規忌ふと律に思ひを馳せにけり
月山の水をいただき芋水車
ひとひらの雲のたわむれ秋思ふと
秋暑し羽化のかなはぬもの数多
ミシン踏む母の背笑ふ衣被
遠き日の野外映画や星月夜
蓮掘りの舟多き日や父祖の郷
雁渡る五百羅漢の山超えて
故郷の泥滴らせ蓮洗ふ
鬼城句碑たどる城下や露の秋
杉戸絵の錆のしるきや竹の春
芒原風の意のまま起き臥して
父好む地酒でのばすとろろ汁
秋思ふと子規終焉の間に入日
葡萄の種悩みの種も空へ吐く
持ち古りし鞄の底の秋扇
盆の月荒草にある日の匂ひ
一斉に畦盛り上がる曼珠沙華
小気味よきおとこ舞いなり風の盆
子の好物作りひとりや秀野の忌
一本じめの子供神輿や秋うらら
竹春や子規の碑にきく伊予ことば
子規の墓なぞる指先秋暑し
篠笛の余韻とどむる良夜かな
死線越へ想ひも遠く終戦忌
所在なき独り暮らしや盆の月
ベランダの隅に風見の芒かな
この道へ行く人数多桃青忌
じやれ合ひし子らと愛犬天高し
枯葉掃く羽虫を散らし庭手入れ
三越の獅子黒ぐろと冬に入る
着飾りてどこか恐ろし菊人形
藪からし引けば行きつく芭蕉の碑
待ちわびて青き棉吹く軽やかさ
十五夜に勝りて冴へし十三夜
棉摘んで陽に干す白さふんわりと
先達は芒の原に迷はざる
分断の韓に秋思の思惟仏
茶の露地に正客として木の実置く