東京ふうが73号(令和5年春季号)

 

春季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


蟇目良雨

はじめての正座なつかし雛の前
一歩二歩三歩初音のまだ止まず
春眠や遠流の隠岐へ旅ごころ


乾 佐知子

春愁や仏に問へば伏目なる
陣取りの石蹴る少年風光る
花冷の雨の吐息を聞いてます


深川 知子

寧楽の世を知りたる礎石野に遊ぶ
春風に吹かるる髪を染めにゆく
春眠し車窓の富士を見逃して


松谷 富彦

かげろふを纏ひ駈け来る下校の子
啓蟄や餌欲る鯉の喉ぼとけ
魚島や瀬戸にひよつこりひようたん島


田中 里香

帰り来ぬもののひとつにしやぼん玉
春灯下手柄話を膨らませ
じやあといふ別れの軽さ春ショール


古郡 瑛子

下宿屋の猫とも別れ卒業す
炊飯器の湯気しゆんしゆんと春眠し
啄木忌かなしきまでに海明るし


小田絵津子

戸袋に雀ごそつく春の雨
大谷のミサイル打球風光る
ためらふと風が押しやる流し雛


本郷 民男

鰹木の大屋根に舞ふ花吹雪
春眠の顔に残さる畳の目
花御堂札所の如く巡るかな


野村 雅子

紅梅やこれよりは老い謳歌せむ
ふくやかに水草生ふる河岸の跡
花吹雪十五階まで舞ひ込めり


高橋 栄

大谷だダルビッシュだと地虫出づ
蒲公英の絮吹くやうに子を送る
摘草や寝そべる寅さん風のひと


河村 綾子

暁の杜のざわめき木の芽風
細き御目にゆかり集ふや雛の夜
雨けぶる濠に迫り出す花万朶


荒木 静雄

花冷や介護施設の窓の外
春愁や犬も歩けば棒を蹴る
山笑ふAI語る老人会


島村 若子

大揺れに揺れて桜を終へにけり
包み解くやうに草の名言うて摘む
花冷や恋人たちを寄り添はす


大多喜まさみ

一重八重牛車を返す桜かな
手のひらに乗せて開きし桜貝
青空へ桜飛び立つ谷戸の崖


弾塚 直子

高々と海鳥流る啄木忌
朝日影さしくる辺り山桜
はうれん草束を解かれて日の匂ひ


伊藤 一花

春の夢記憶の中の父若し
少年のやうな少女や風光る
摘草や鉄橋渡る列車音


鈴木 さつき

父の背の籠に弟蕨狩
山笑ふ助手席に夫座る帰路
春眠に浮力のありて逆らへず


(つづきは本誌をご覧ください。)