東京ふうが73号(令和5年春季号)

コラム はいかい漫遊漫歩 『春耕』より

松谷富彦

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季語「白魚」の落し穴

 コロナ禍で密になるのを自粛中の春耕同人句会ネット句会で兼題への気になる投句が並んだので書く。
 いずれも季語「白魚しらうお」=キュウリウオ目シラウオ科=の兼題に対して、季語ではないスズキ目ハゼ科の白魚(素魚しろうお)、異季語の白子(しらす=イカナゴ、ウナギ、イワシ、アユ、ニシンなどの稚魚の総称)との混同が明らかな誤詠句と言える。
 シラウオ科のシラウオは体長7~10㌢、ハゼ科のシロウオは同3~5㌢と大きさが違う。〝踊り食い〟で知られるのは、後者のハゼ科のシロウオ。

 問題の投句を上げる。

①目つむりてなほ白魚ののみこめず
②白魚を啜れば一瞬こそばゆし
③白魚に詫びつ一気に飲み下す
④目つぶりて白魚すするご接待
⑤白魚をするすると呑み眼のうつろ
⑥白魚の躍り食ひとていとほしむ
⑦白魚の命が跳ねる箸の先
⑧白魚をふりかけにほふ夕ご飯

 ①②③④⑤の句。8㌢前後もある兼題の季語の白魚しらうおだったら、目をつむろうと開こうと一息に呑むのは客観的にも無理な話。啜り、喉越しを楽しむのは、体長3~5㌢の非季語の白魚(しろうお)。
 ⑥の句の〝踊り食ひ〟は、前述のように兼題の季語の「しらうお」(シラウオ科)とは別種魚「しろうお」(ハゼ科)。
 ⑦の句。ハゼ科の3~5㌢の白魚(しろうお)を詠んだ句なら写生句として立派に成立するが、季語「白魚」には、含まれていない。有季定型の結社同人句会での無季句の投句は、問題ありではないだろうか。そもそもシラウオ科の白魚しらうおは、水揚げすると直ぐに死んでしまうデリケートな魚で、箸の先で跳ねる話は聞いたことがない。「しろうお」なら跳ねるかも知れないが。
 ⑧の句。夕餉の白飯に詠者が振りかけたのは、スズキ目イカナゴ科の玉筋魚、鮊子いかなごの〝くぎ煮〟か釜揚げまたは干ししらす白子。この句の場合は、しろうおの混同と思われる。
 繰り返しになるが、季語「白魚」は同じ白魚と表記し、「しらうお」と読めば季語、「しろうお」と読めば非季語で魚種違いになる混同しやすくややこしい季語だ。同じ春の季語「白子干しらすぼし」。主にまいわし、かたくちいわし、しろうお、あゆなどの稚魚を茹でて塩干ししたものだが、⑧の句は、兼題が「白子干」なら〈 白子干ふりかけにほふ夕ご飯 〉で問題なしだが。
 俳聖芭蕉の名句の一つ〈 明ぼのやしら魚白きこと一寸 〉は、桑名(三重県)での詠句。下五の「一寸」は約3センチ。小ぶりの「しらうお?」、実は「しろうお?」だったのか、探索は俳句探偵にお任せする。

 


(つづきは本誌をご覧ください。)