夏季詠
本誌「作品七句と自句自解」より
蟇目良雨
往時
量子論に倦んで玻璃戸の守宮見る
阿修羅像おん前に閉づ扇かな
小名木川涼しき風を流しけり
乾 佐知子
扇風機お元気なのは貴方だけ
鈴蘭の鉢を残して嫁ぎけり
喪帰りの絽の帯湿る衣桁かな
深川 知子
鴎外の遺稿つぶさに梅雨深し
図書館の静寂窓辺のさるすべり
日盛を切手一枚買ひにゆく
松谷 富彦
玉音の不思議な声を聴きし夏
ごくごくと顔びしよ濡れに岩清水
売り声は「金魚エー金魚」遠い夏
田中 里香
荒梅雨や見えて渡れぬ沖つ島
母の胸離れぬ赤子五月闇
とびうをの鰭を自在に海と空
古郡 瑛子
伝言板に風の一文字麦の秋
吹けば飛ぶやうなががんぼ夕日さす
駅弁の輪ゴムがはねて鈴蘭に
小田絵津子
動かねば生死わかたず蝸牛
ががんぼの張りつく夜の昇降機
神杉の風をはらみて喜雨到る
本郷 民男
発掘の後は夜濯絹の道
藍染を洗ふ流れも溝浚へ
石塔を残し寺跡稲の花
野村 雅子
新樹光孔子座像の昏がりに
梔子の香に鼻寄せてまた寄せて
街の灯の誘惑に火蛾逆らへず
高橋 栄
金鳥のホーロー看板女郎蜘蛛
夕虹や新宿の母はもう居ない
手花火やでんと徳用マッチ箱
河村 綾子
泰山木うごめく如く香りけり
文月や友は筆まめ一句添へ
同じ姓多き里なり稲の花
荒木 静雄
走り梅雨草樹歓ぶ旱り後
少子高齢社会に増ゆる生身魂
火蛾踊る夜の銀座の街路灯
島村 若子
一滴の香りも足して水中花
三輪山のしめりいただく梅雨深し
宿主の迷ふことなく火蛾叩く
大多喜まさみ
五月晴山の辺木綿種見つけ
印結ぶ指の先まで風薫る
走り梅雨阿修羅微笑む都かな
弾塚 直子
冷し酒酌めば奈良の夜あをあをと
み仏を蔵して山の滴れる
手庇に朱雀門見る薄暑かな
伊藤 一花
白日傘風を逃がして揺れにけり
真夏日や濃い口紅に変へてみる
人の世の人の所業や敗戦忌
鈴木 さつき
太陽の熱がびつしりさくらんぼ
一面の田に浮く墳や稲の花
土煙大地は喜雨を弾きけり
(つづきは本誌をご覧ください。)