東京ふうが76号(令和5年冬季号)

 

秋季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


蟇目良雨

がばりとはもう起きられず菊も枯る
重ね着て一葉の書を写すかな
下駄になる桐積み上げて冬に入る


乾 佐知子

目貼りして津軽こぎんの針遅々と
冬虹を見せむと母の部屋開く
手袋を外し名刺を受けにけり


深川 知子

火事に消ゆあの日あの店あの窓辺
大榾の放つ火の声除夜詣
年用意窓でも拭いておきませう


松谷 富彦

ぼろ市やブギウギ歌ふ蓄音機
取り合へず重ね着をしてポストまで
着ぶくれの父と子四股を踏んで見せ


田中 里香

街の灯の消えてオリオンととのひぬ
深吉野のただならぬ闇薬喰
イエスの血われの血赤きポインセチア


古郡 瑛子

ニコライ堂時雨の門を閉ざしけり
山眠る父母弟もこの墓に
球児いまが一番元気重ね着脱ぐ


小田絵津子

音楽の授業の聞こゆ落葉焚
太つたの太らないとの初稽古
廃船の窓を出入りの寒雀


本郷 民男

天翔けるために雌伏や龍の玉
一宿の礼に薪割る年用意
初富士を愛でつ古刹と古社詣で


野村 雅子

陽だまりの地面にじつと冬の蝶
掻き分けてまた掻き分けて龍の玉
冬ざれや再開発の工事音


高橋 栄

初刷の能登の予報は一時雪
僧の焚く枯菊黄泉の香のやうな

冬草は残せしままに妻の墓


島村 若子

珈琲豆の少しの贅や年用意
天㙒屋の灯の見えてくる除夜詣
羊日の黙祷捧ぐより始む


弾塚 直子

方丈へ回廊わたる寒さかな
早早と探梅行の誘ひ来ぬ
縁側に出す鳥かごや春隣


河村 綾子

魚は氷にうつかりも又良かりけり
北風や老犬に問ふ今朝の道
魚は氷に少女プリマの夢をもち


荒木 静雄

冬初めコロナ予防の注射終へ
大雪に動けぬロシア・ウクライナ
冬ざるる神も及ばぬガザ停戦


大多喜まさみ

成人式ジェンダー越えて歌舞伎けり
初冬や回りつづけるレコード盤
木枯や風に向かひて傾斜する


伊藤 一花

少年行く落葉踏む音愉しみつ
北風に吹かれて飛べる気のする日
地震ふりて元日遅々と過ぎゆけり


鈴木 さつき

北風や開けつ放しの荒物屋
日を入れし海のしじまや冬あかね
坂上る初富士の天見ゆるまで


(つづきは本誌をご覧ください。)