蟇目良雨講評
東京ふうが 平成29年冬季・新年号「墨痕三滴」より
奈良町に迷ふも愉し鳥総松 深川知子
古い奈良の町の風情を今に残しているのが元興寺の周辺。町家のそれぞれに個性がある。作者は奈良の人だが奈良町に来て迷いながら町歩きを続ける。ここには地べたが残っているのだ。
古い奈良の町の風情を今に残しているのが元興寺の周辺。町家のそれぞれに個性がある。作者は奈良の人だが奈良町に来て迷いながら町歩きを続ける。ここには地べたが残っているのだ。
伊達巻は三個ほどの卵と繋ぎにはんぺんなどを使うので掲句の場合三本分の材料になろうか。大家族であることが想像される。数字の九は「寒九」の九に通じ季節感がより具体的になった。
栄養分の濃い海水が波に揉まれると泡立ち、それが風に吹かれて飛び取ったものが波の花。こう言ってしまえば説明。遥かなる国から吹かれてくると思えば詩になる。
まさに女性の俳句。自分の城は厨だと宣言している。身の丈に合った新年の覚悟が説得力を持つ。
『春耕6月号』(通巻551号)より転載
蟇目良雨第五句集『ここから』が第17回文學の森大賞を受賞しました。
◎文學の森賞とは・・・
「文學の森賞」は、株式会社文學の森にて刊行されたすべての書籍を対象に選出する賞です。今回は2023年
4月~2024年3月末日の間に刊行された書籍が対象です。
第一次選考は、月刊「俳句界」書評コーナー「この本この一句」担当者に依頼し、文學の森からの推賞を加えました。その後、能村研三氏、古賀しぐれ氏によって最終選考が行われ、両氏の合計順位により大賞、準大賞、入賞が決定しました。
◎第一次選考委員(敬称略)
高橋健文 手拝裕任 土肥あき子
かしまゆう 守屋明俊 吉田千嘉子
福神規子 しなだしん
◎最終選考委員
能村研三(「沖」主宰)
古賀しぐれ(「未央」主宰)
◎贈賞式
2025年6月13日(金)に行われます。
◎最終選考委員選評より
〜能村研三先生 評〜
今回大賞、準大賞を受賞された四名はいずれも七十代後半と八十代男性の方。私が日頃より敬愛されている方ばかりなので、今回の受賞はうれしく思っている。
蟇目良雨さんの句集『ここから』は第五句集で、八年間寝たきりの奥様の介護を通して生と死を見つめ直しながら、その中に未来が開けることを信じて句を作られた。
ここまでが看取りここからわが夜長
看取る汗看取らるる汗生きてこそ
打水やかなしきときは虹作り
令和三年に奥様が亡くなられたときの「妻には本当に世話になった」という言葉には作者の優しいお人柄に触れたようで涙が出た。
〜古賀しぐれ先生 評〜
最終選考候補の十五句集の中から、蟇目良雨氏の『ここから』、淵脇護氏の『鷹柱』、亀井雉子男氏の『朝顔の紺』に絞り込んでの選となった。
『ここから』は思われた奥様への愛の句に感動を受けた。〈夏掛を綺麗にかけて妻病みぬ〉〈病む妻によき眠りあれ夜香蘭〉〈看取る汗看取らるる汗生きてこそ〉。夫が妻を看取るという哀しい現状を受け入れて、妻のことを心底思っていると感じさせる句の数々。そして、〈束の間の方舟として半仙戯〉〈ピタゴラス定理を齧る雲母虫〉〈冴返る神武以来の不等式〉〈大悪人らしや虚子忌に雪の降り〉等々、ユニークな視点での個性豊かな句に惹かれた。
前述の三句集はそれぞれに魅力があ甲乙つけ難いものであったが、蟇目良雨氏の『ここから』の看病しながら
も妻恋を詠み続ける思いに感動して一位に推した。
『ここから』『鷹柱』『朝顔の紺』というタイトルには作者の句作の姿勢が込められ、それぞれに経験豊かな句集であると感じた。
◎受賞の言葉
この度は文學の森大賞を戴き有難うございました。
若い時に短歌や小説を齧り、俳句を始めた時には不惑の歳になっていました。私を俳句に導いて下さった先輩諸氏は生活を実直に詠う方ばかりで、私もこれまで様々な仕事をやってきたのでそれを俳句に詠ってきました。
私もいつしか老いて、妻の老衰、介護、死を見届けました。そこから授かった作品が今回の句集『ここから』の内容になっています。私には更に老いが深まっており、芭蕉や蕪村や一茶も知らない老いの世界を体験しています。今回の受賞を機に更に老いの世界から授かれるのか突き詰めてみたいと考えています。「俳句は授かるもの」であると思うこの頃です。
故・皆川盤水先生からは俳句の楽しさを学びました。先生がいつも言われていた「和楽」の心を大切に「春耕」の仲間とこれからも歩んでまいります。盤水先生に報告ができてうれしい限りです。
最後に選者を務められた能村研三、古賀しぐれ両先生他、 文學の森関係者の方々に篤く御礼申し上げます。
◎自選五句
風花はことば一片づつ光り
涅槃図のうしろ雪降る飛騨の国
白玉や雨は斜めに神楽坂
吸うて吐く闇美しや青葉木菟
ここまでが看取りここからわが夜長
(『ここから』より自選五句)
◆詳細は「俳句界」 2025年5月号をご覧ください。
価 格 2273円(税抜き)
発 行 2025年6月1日
著 者 蟇目良雨
発行所 春耕俳句会
ISBN978-4-9913225-1-8
『ここから』は私の69歳から76歳までの8年間の作品集である。
この頃の私は、皆川盤水先生がお亡くなりになった後の「春耕」誌での追悼特集、盤水先生遺句集『凌雲』、脚注名句シリーズ『皆川盤水集』の編集、更には、『皆川盤水全句集』の編集や刊行に携わり「春耕」編集長として寧日のない日々を送っていた。
一方、私の妻は八歳年長なので晩年を迎えてパーキンソン病が進み難病指定の体になっていた。嘗て
妻泣くな夏至のお茶の水橋の上
と詠んだが、病気の進行が愈々厳しい段階に入っていたのである。
<中略>
「ここから」には変わらなければならない自分への叱咤激励の意味も込められている。句作りの際に写生の中に忬情を含ませることに心を砕いたがどれほど成功したか覚束ない。「ここから」もっと変わらなければならないと本句集をひも解いて改めて思った。
-あとがきより-
風花はことば一片づつ光り
薄氷に水乗り上がり乗りあがり
白玉や雨は斜めに神楽坂
吸うて吐く闇美しや青葉木菟
はじまりとをはりを淡く流れ星
ここまでが看取りここからがわが夜長
金剛の水一滴や初硯
御汁粉の蓋濡れてゐる春の雪
羅を風のごとくに着て過ごす
成人の日や遙かなる山の照り
価 格 2800円(税抜き)
発 行 2023年6月15日
著 者 蟇目良雨
発行所 株式会社 文學の森
ISBN978-4-86737-159-6
蟇目良雨の第四句集
著者62歳から69歳までの8年間の作品を所収。
「九曲は幾曲がりする、九十九折れという意味であるが中国の大河である黄河のことも言う。折々中国に旅して、雄大な流れに心を癒されたことから名付けたものである。」 -あとがきより
柴の戸に待春の鳥いくたびも
臘梅や曾良は丹心つくしけり
安心といふさながらに落椿
芭蕉より蕪村の皃で花見かな
そら豆のつるんと飛んで五月場所
東京をびしょ濡れにして桜桃忌
そもそもは並んで卯波見しことに
吊つてある手水手拭金魚玉
鯔とんで秋をななめによぎりけり
十月の蝿いきいきと湯殿山
煤逃げのとぼとぼホロホロ鳥と歩く
古書街に立ち飲みをして年忘れ
現代俳句作家シリーズ耀5
価 格 2800円
発 行 2020年4月1日
著 者 蟇目良雨
発行所 株式会社 東京四季出版
印刷所 株式会社 シナノ
装 幀 髙林昭太
ISBN978-4-8129-0961-4