東京ふうが74号(令和5年夏季号)

素十俳句鑑賞 百句 (13)

蟇目良雨

 
(101)
鰯雲はなやぐ月のあたりかな
大正14年

 夜の鰯雲の美しさを述べる。月に村雲がかかり雲の端が月光に彩られている光景はよく目にする。鰯雲が規則正しく鱗を並べていたらどんなにか美しかろうと想像できる。この全景を表すために「はなやぐ月のあたりかな」で済ましている。鰯雲と上五に据えたために空を埋め尽くしている鰯雲のことをああだこうだと言う必要が無いのである。省略の技術を俳句を始めて2年で取得している素十の要領の良さを認めるべきだ。

(102)
蟷螂やゆらぎながらも萩の上
大正15年

 蟷螂の重量感が感じられるが、萩の葉の上で葉と同じ揺れをしていると蟷螂は葉と同化して見え、敵からは見付けられることが少ないのではないだろうか。これこそ蟷螂が持つ狩の本能のような気がする。観察した挙句に本質を摑み取るこの感性は、客観写生の一語では片付けられないことだ。


(103)
露けさや月のうつれる革蒲団
大正15年

 革蒲団は夏座布団の一種で、ひんやりとした肌触りが涼を呼ぶということで高級な家や料亭などで使われた。使用後に縁近くに置かれ露を含んで月を写した様子を一句にした。
  革蒲団負へる男の寺に入る
の句もあるので寺で大切な催事があった時の作品かも知れぬ。素十たちを囲んでの句会かも知れぬ。主の坊主が趣向を凝らそうと借りて来た革蒲団の可能性もある。


(つづきは本誌をご覧ください。)