東京ふうが57号(令和元年春季号)

春季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


蟇目良雨

隠れ吸ふ煙草にむせぶ修司の忌
古書街をくの字曲りに山車を曳く
スクラムを組んで丹波の山芽吹く


鈴木大林子

亀鳴くや外反母趾の痛み出す
恋猫を我関せずと老いし猫
湘南の海の青さやしやぼん玉


乾 佐知子

母癒ゑて春の障子を開けにけり
海に伏す五島列島鳥帰る
すれ違ふ人の湯の香や月朧


深川 知子

葺替を見上ぐ琵琶湖の茅と聞き
花ひとひら野球小僧の帽子より
花衣足袋つぐこともなく生きて


松谷 富彦

水車朽ち人無き里や桃の花
逍遥の哲人めきて麦を踏む
連翹の籬を風の弾みゆく


花里 洋子

春愁や会釈で座るバスの席
風湧くや雀隠れに赤き毬
養生の菰にいだかれ遅桜


石川 英子

マカエンセの多言語楽し復活祭 マカオ
貝拾ふ亀鳴くといふ椰子の浜  広州珠海
のどけしや牛列とゆく路線巴士 香 港


堀越 純

繰返し膝折る象や花の屑
花衣まとひ小町となる今宵
塔基壇残る国分寺鳥の恋


古郡 瑛子

寝つかれぬ子に絵本読む夜半の春
姿見の覆を外す春の夜
屋根替への藁濃く匂ふ山の寺


小田絵津子

コック帽混じる釣堀水ぬるむ
春一番針をたしかに花時計
花筏組むいとまなく急流へ


河村 綾子

空に問ひ風に聞きたる花衣
蛇出づる処方の薬ひとつ減り
捕れたてを夫に渡すや海女の笛


髙草 久枝

彼の世でも祖父まんなかに花見酒
囀や武家の子供の墓つらね
初燕櫻木といふ社かな


春木 征子

日の入りぬ糺の森に糸桜
下鴨へ参道長し春夕日
御所に見し葵祭の牛車かな


島村 若子

夜桜にコートの衿を立たせけり
春風やスワンの舟にペンキの香
通学路埋めつくしてや桜蘂


大多喜まさみ

うす墨の桜にあはれ琵琶の音
花まつり生きとし生けるもの集ひ
経読めぬ身にマニ車まはす春


本郷 民男

漢籍と酒買ふ其角の忌なりけり
桶残し海女魚となりうなさかへ
家移りの節目となりし桜かな


(つづきは本誌をご覧ください。)