東京ふうが77号(令和6年春季号)

 

春季詠

本誌「作品七句と自句自解」より


蟇目良雨

病室の大きな窓の花見かな
心臓に電池埋め込み緑立つ
看護婦のお化粧上手初桜


乾 佐知子

枝折戸の小鈴よく鳴る沈丁花
海風に棹立て直し鳥帰る
熱の児のお粥に混ずる菠薐草


深川 知子

ぬるま湯のごとき春愁菜を刻む
梅一花残し楉(すはえ)の奔放に
花楓風待つ色となりにけり


松谷 富彦

白バイの粋なレイバン春疾風
鬼平も食みしぶつかけ浅蜊飯
陽炎をまとひ駈け来る下校の子


田中 里香

うすらひと水との境曖昧に
春泥を来て散々なハイヒール
茶屋街の灯ともしごろや犀星忌


古郡 瑛子

雨に濡れ吉野桜の紅を増す
黄水仙会話とだえしとき香る
沈黙に慣れしやすらぎ鳥雲に


小田絵津子

風船が脱線のもと縄電車
自画像を壁より剥がし卒業す
はらからの母恋ふる話さくら餅


本郷 民男

まんさくの花は管足持つ如し
飯蛸と地獄へ行かむ踊り食ひ
はうれんさう故郷の色と酸つぱさと


野村 雅子

佐保姫の目覚めうながす今朝の雨
海舟の夫婦の墓に梅真白
花街に古き文具屋梅日和


高橋 栄

振り返りやうなき蛇行蜷の道
風は火を火は風を追ふ阿蘇野焼
発掘は春泥ひかる辺りから


島村 若子

涅槃会の御下がり配る役賜ふ
なにかしら始まるしらせ初桜
朝寝して飯炊ける香を楽しめり


弾塚 直子

まれびとの訪れ待つか山桜
春塵や初めての町懐かしく
大仏の細目の追へる紋白蝶


河村 綾子

花吹雪ジーパン老医背にザック
追ひ風に騒めく湖や鳥帰る
リラ咲くや一気華やぐ牧の風


荒木 静雄

初詣も神社壊れて先延ばし
飯蛸や市場の掛け声人気者
初桜西行の夢今も尚


大多喜まさみ

膝を打つ荒行耐ふる修二会かな
料峭や能登半島の揺れ続く
魚は氷に上りてゐたる黒龍江


伊藤 一花

明るさの真つ只中に黄水仙
死を想ふ桜の頃となりにけり
春深し星も老ゆるといふ事を


鈴木 さつき

春隣からす並んで羽づくろひ
押してなほおもき自転車春の泥
ここよりは人は入れぬ犬ふぐり



(つづきは本誌をご覧ください。)