東京ふうが 令和6年秋季号「墨痕三滴」より
冷まじや縁切寺の札の嵩 深川知子
鎌倉なら東慶寺だが、京都の寺の景色とか。何処にでも縁切寺があってよかった。
名月や見得切るやうに松の影 田中里香
松手入れは、この名月のために行われるのかと気が付かされた。見得を切る松の影の雄々しさ。
ガスの火のときには赤し栗を煮る 鈴木さつき
青いガスの火が煮零れて、一瞬赤くなった焔を見逃さなかった。
鎌倉なら東慶寺だが、京都の寺の景色とか。何処にでも縁切寺があってよかった。
松手入れは、この名月のために行われるのかと気が付かされた。見得を切る松の影の雄々しさ。
青いガスの火が煮零れて、一瞬赤くなった焔を見逃さなかった。
面白い作品を作る人である。稲の花の咲く昼前に耳を澄ませていると農民たちが上州訛の「べえべえ」言葉で話し合っているのが聞えたのだ。赤城山の麓に育った作者には懐かしく聞こえて来たに違いない
広々とした花野に立ったとき詩人の意識は段々薄れてゆき、今を忘れ過去を遡ったり、未来に飛んだりするのでは無いだろうか。花野には人生をリセットする力がありそうだ。
簡単に稲をポリバケツで育てると言っても様々な苦労があるのだろう。ようやく稲の花が開くところまで辿りついた努力も分かる。お米の収穫まで頑張って欲しい。
真夏の牛相撲大会の一こま。隠岐や山古志では八月に闘牛が行われるから、こんな光景が見られるはず。角を合わせて一歩も退かない牛の眼を見れば、戦う意思をこめた眼力そのもの。多くの旅の中から得られた一句。油照の季語の採用で眼が脂ぎっているように思える。
活き魚を調理するとき魚の種類は限定されるだろう。鯛、ヒラメ、鯵や鯉なども該当する。まな板に置かれて捌かれる魚は尾鰭を激しく俎板に打ち付ける。水しぶきがあたりに飛んだ刹那に、作者は梅雨の到来を感じたのではなかろうか。
お孫さんの言葉をそのまま句にしたように思った。夏休みにどこに行くのと尋ねたら「好きな夏だから遠くまで行くんだ」と返事をしたのだろう。多分これが正解だと思うが、作者自身も活動的な方であるから、心の底では同じようなことを叫んでいると思った。
WBCの試合は、大谷翔平君がいたためか国民の多くが観戦した。投手と打者の二刀流ながら彼の打つ打球は速い。それをミサイル打球と表現してみんなが納得するほど実際に速いのである。大谷恐るべし‼
水瓶(すいびょう)といって観音様が左手に下げているものは本来聖水が入っているが、この中に春の愁が満ちてゆくと見立てた感性が光っている。
春の使者佐保姫が来るので髪を綺麗に整えて待ってあげようという句意。床屋だから男だろうが、婆さんになると床屋で髪を切ってもらい髭を剃って貰ったりすることもある。
己を見詰め直すために必要なこと。断捨離の一部になるのか。
毛羽の立つ保温性の優れた足袋を一葉にも履かせたいと願う心がうれしい。
鮟鱇鍋屋の下足番はいつも下をむいているのかしら。失礼ながら観察眼は鋭い。
この句には驚いたので作者に聞いたら、こういう若い僧がいると言う。仏教界が人々に寄り添う時代になってお坊さんらしからぬ風体をすることも影響しているか。個人的には地獄を説くより好ましいと思っている。
当然「ブルーライトヨコハマ」が頭の隅にある。横浜港のブルーライトに照らされた夜の鯔に新味がある。
月見豆(枝豆)を青々と冷ますところに俳句の味がある。一種の冒険だが成功していると思う。
蹲踞する姿勢が人間臭いか。孤独な(人間が見ての話だが・・。)蟇が何を待っている闇なのだろうか気になる。
夕焼を「縦に映す」とは大胆な表現。摩天楼なら納得できる。
方丈で如来さまと一緒に昼寝出来るのはお寺の家族くらいだろう。作者を知って納得した。在りそうでなかった作品。
霜柱がだんだん溶けて崩れゆくさまをみて不図おのが身を省みれば、心萎えている自分に気付いたという内容である。作者の心が悲しみに崩れているのは最愛のご主人を亡くされたから。静かな詠いぶりでご主人を悼んでいる。
「禁断の蜜」と読み間違える面白さがこの句にはある。蜜ではなく密も平時なら容易に手に入るものであるが新型コロナウイルス禍の状況では禁止されたも同様である。そんな中で焼鳥屋の煙まみれのざわついた密に身を置いた喜びを表した。ささやかな禁断破りの喜び。
元朝に神仏に灯明を上げることを初燈という。起きてすぐ父から「初燈あげたか」と声がかかったのだが、家長の父がするべきことを頼まれることは父が臥せっているのかも知れない。在りし日の一こまであろう。
それまで平穏だった池の水面が鯉によって裏返させられた。処暑の気分を鯉も確かめたかったのかしら。
水を裏返すと表現したことにより幾ばくかの面積の水が鯉の下半身によって持ち上げられ裏返されたようにスローモーションで見える。
敗戦日を境に人生が変わってしまった人は多いことだろう。特に外地で終戦を迎えた人々は猶更のこと。作者の満州からの引き揚げ記が本号に掲載されている。戦争はしてはいけないと作者は一句に籠める。
石叩は虫を求めて地面を気ままに歩き回る。しかも長い尻尾を地面に打ち付けながら。ちょっと石叩さんそこは平将門が眠る地だから将門を起こしてはなりませんよ。将門の祟りは恐ろしいものなのよ。
浴室の外にある風呂の焚口から母が湯加減を訊ねている。換気窓を開けて返事をする作者。ふと目をやると栗の花が見える。懐かしい世界。
作品に固有名詞として人物が出ている場合、その人物を匂わせてくれる関係性が必要。中村草田男の無心さはまさに赤子のようであるから、嬰児が機嫌よく涎を流している景色は草田男忌に相応しいと思う。
ジャズを聴きバーボンを楽しむ夏の夜の解放感に溢れる一句。作者の心の若さが作り上げたもの。いつまでも続けて欲しい心の若さ。